伝作窯工房のご案内

山に抱かれ

そびえる静かな工房。

有田の西部に位置する、静かな山あい。伝作窯はそこで一品一品手造り、手書きにこだわり、真心を込めて作成しております。

大自然の息吹は、草や木や花、そして人間の心を逞しくつつみ、はぐくんでくれます。大いなる懐に抱かれ、自然に逆らわず、自然を愛し、
季節の移ろう姿にうつし――

一器一器に想いを込めて作陶しております。

伝作窯とは

 

1982年(昭和57年) 横田伝作、有田町赤坂の地にて、伝作窯 開窯。当初は大手洋食メーカーの和食器製造を手掛ける。

 

創業者の横田伝作の実家は、今も続く創業70年の耐火物メーカーであり、その当時は焼き物を焼く時に使用する窯道具(サヤ、ハマ、ツクなど)を主に製造していた。その後レンガなども製造するようになり、陶磁器焼成炉まで手掛けるようになる。

当時の伝作は実家で九州、中国地方を焼成炉、窯道具の営業で飛び回っていた。その後、実家より陶磁器焼成炉の部門を分離し独立。

伝作の焼き物に対する考え方、センスなどはこのころから培われたものである。

窯の営業でありとあらゆる窯元、一方では大量生産でほとんどの製造工程を自動化している工場、また一方ではすべての工程を昔ながらの手作業で行っている工房。そこの社長や作家たち。そういう焼き物に関係している色々な人々、焼き物に触れていくことで現在の伝作の基礎が出来上がったのである。

 

 その後手作りによる古伊万里様式の食器の製造を開始し好評を得るが、他社メーカーなどが転写による古伊万里様式の大量生産を始めた為、1987年(昭和62年)より、有田にはその当時ほとんどなかった陶器に上絵付けを施した割烹食器の製造を始める。

 

 有田は日本の磁器の発祥の地である。だからであろうか有田では陶器を磁器よりも下の焼き物とみる傾向がある。そこで伝作は磁器と陶器を張り合わせる技術の開発に着手する。試行錯誤を繰り返し、8年の歳月をかけ1998年(平成10年)磁器と陶器を張り合わせる技術を完成させ「実用新案第3052748号」を取得する。その技術を用い作られたのが「平成鍋島シリーズ」「合せ窯変シリーズ」である。

 

 伝作窯の伝作とは「伝統とは守っていくものではなく、作っていくものである」という思いからつけられた名前である。また松尾芭蕉の言葉に「不易(ふえき)流行(りゅうこう)」という成語があり、「不易」とは変えてはならないもの、「流行」とは変えなければならないもの、を意味する。まさに伝作窯はこの「不易流行」という言葉の意味を噛みしめながら日々作陶を行っている。

 

 2009年(平成21年)、伝作窯の開窯当時からの付合いがある瀬戸市の製土会社より、今まで不可能だった低温域で焼ける低温焼成粘土を開発したとの連絡を受け、その粘土を使うことで燃料費の節約、二酸化炭素排出量の削減、絵具の発色の綺麗さ、絵具に含まれる鉛、カドミウムなどの有害物質の溶出問題をすべて解決できるとの思いから、低温焼成磁器の開発に着手。2010年(平成22年)9月より販売を開始する。

 

 このように伝作窯の歴史は開発の歴史である。これからも「不易流行」、変えてはならないもの、変えなくてはならないもの、の見極めを行いながら作陶生活を送り続ける所存である。

会社沿革

1982年(昭和57年)  (有)伝作窯 開窯 古伊万里様式の食器の製造を始める。

1987年(昭和62年)  業務用食器の製造を始める。

1990年(平成2年)  現在地に移転。美術品、家庭用食器を手掛ける。

1998年(平成10年)  食器と装飾品用焼き物に関する実用新案特許を取得。

1998年(平成10年)  川崎さいか屋で個展 以降1年おきに開催。

                     以降 広島福屋、岡山天満屋、熊本鶴屋、日本橋三越、鹿児島山形屋、           

銀座松屋、日本橋 高島屋、玉川 高島屋、博多 大丸 などで開催。

2010年(平成22年)  低温焼成粘土を使った低温焼成磁器シャインニング・チャイナを発表。

2011年(平成23年)  シャインニング・チャイナ、九州、山口陶磁展にて経済・産業大臣賞を受賞。